もういくつ寝ると、志水です。
このクリスマスと正月の間の国全体が働く気がない雰囲気いいですよね。
先日まで宿を休んでミャンマーとタイに旅行に行ってきました。
着いて3日目に早速事故を起こして記憶を飛ばしてしまい、その後はホリデーというよりは療養の旅となりました。
今回はその時に再確認した旅行そのものに対する持論についてです。若輩者によるマジメ論です。
座ったことはないですが大学講義の一番前の席さながらのマジメっぷりです。
しかし誰に訴えかけているとかではなく、いま思っていることを綴るのみです。数年後赤面のやつです。
そもそもそんなの当たり前だよということです。
とにかく質問異論がある方は私にDMください、ポストマスターを通してすぐに謝ります。
思えば大学の時から一年に一度は拠点である旭川を出て国内外を旅行しています。
鼻毛を整えることをやめて知らないところをうろうろしているだけですが、
色々と見て知ってができるのはもちろん、自分の住んでいるところを一瞬だけでも他からの目線で見れたりするのが良いです。
今回の旅行は田舎もまわったのですが、観光地でベタベタ観光をした時間が長かったです。
療養なのでしょうがないのですが、なんだか失敗したなあと。
観光地を拠点とするにあたって少し調べすぎたのだと思います。
最近ではインターネットや旅行誌とかで"世界の絶景"とか"死ぬまでに行きたいスポット◯選"とかがバシバシでていたりで、旅先を決めたりするのには便利な時代です。
しかし、情報が溢れすぎていて、行けるかなという不安からつい調べすぎてしまうと、
行きたかったところが行かなければいけないところになっていたり、
事前に見すぎて本物なのにただの確認となってしまったり、
ハードルが上がりすぎてしまって実際大したことないと思ってしまったりすることが個人的に多いです。
逆に意外と調べてなかったところが良かったり、不便な移動が面白かったり。
帰ってきてからも、本来見たかった景色よりもそこまでの苦戦や偶然が頭に残っていることが多いです。
結果こんな旅行になりましたという後日談しかないようなものが個人的に面白かった旅行になっています。
なんというか旅行には偶然が起きる隙間を作っておく必要があるかもしれません。
時間と気持ちに余裕があることが前提ですが、少しでもゆとりがあるのであれば、自由度は高く、現地での感覚を頼りに。
なにが言いたいかというと無計画最高ということ。
地球の歩き方は現地で読んで現地で捨てるぐらいで十分だということです。むしろガイドブックいらないかもです。
ちゃんと行けるかなという不安なんてせっかくの旅行なんだから捨ててしまえばいいです。
行けなければまた行けばいいです。
とりあえず私は今回記憶をなくしたタイの山にはまた行こうと思います。
行ったのに懐かしいなあと思えないのが笑えると思います。
そんなタイの山も出国前は行く予定もしていませんでした、それがいまでは因縁の山です。
そんな偶然優先の旅行は、計画しないので名所を全部うまく回るような完璧の旅行ができないことが大いにあります。
しかし、旅先では100%楽しみきらず、少し心残りがあるほうがまた行きたいとなるのでオススメです。
『今回よさそうだったけど時間がなくて行けなかったので今度はここに』といった具合で目的地が増えていきます。
なので旅行中のハプニングで行きたいところに行けなくて泣いている彼女にはそう言ってなだめてあげてください。そしてその彼女へ女の子を紹介してほしい人がいると続けて伝えてください。
何にせよ目的地が増えることはいいことです。そのために仕事も頑張れます。
私が穴でも掘り始めたら目的地がなくなったときです。
しかし、こんなこと論を展開しておきながら、私も友達と旅行に行く時には結構プラン練ります。
誰かと一緒の場合は計画すら旅中です。
人によって、その時の旅行によって、色んなスタイルがあるという当たり前のことを思いました。
そんな多様な旅行スタイルを受け入れる側として、
来てくれたその人をしっとり把握してその人に合った提案をしっとりできればと思います。(もちろん提案なんていらない人も)
気を引き締めて来年からもオモテナシします。
そんなこんなで2017年もあと数日で終わります。
今年のゆく年くる年はどこの神社がでるのか気になりますね。
最後にそれっぽいことを言いますが、来年はやるぞ!という目標はきっと今年からできるものだと思います。まだ3,4日あります。
熱は冷めないうちに。
でも私は眠いので来年からやります。
みなさん良いお年を。
次回「紅白力士歌合戦」